フジテレビNEXT 音組

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2011/08/25『FACTORY』に捧ぐ。

きょうは
なんだかんだ。
「GIRLS'FACTORY」
あさって
8月27日土曜日
CS放送
フジテレビONE
夜18時から
3時間放送!

チェックしました。
2日間99曲
11時間36分のライブから
南明奈ちゃん×生野陽子ちゃん
インタビューも併せて
3時間にまとめました(笑)。
ちなみに
渡り廊下走り隊7
×フレンチ・キス

=AKB10ブロック
20曲中10曲ほど放送!
めちゃめちゃおたのしみっ。

夕方からは
坂崎幸之助さん
「お台場フォーク村」
第31夜
少年フォーク村
miWaT
w-inds.
ほか トラックダゥン。

そして、
「LIVE FACTORY」
あした
8月26日金曜日

CS放送
フジテレビONE
夜18時から
3時間放送!

1998年4月から13年半演ってきた
音組最長寿番組
『FACTORY』
とりあぇず
最後の放送となります。
(リピート放送を除く)
この4月から
HomePageがリニューアルして
どこにあるのか?
わかんなくなっちゃったけど
2001年末に終わりかけたときには
「save!FACTORY」プロジェクト
がんばりました。
あれから10年。
時代の流れは、思ったよりも
あらゆる部分において厳しかった
3年続いた
『TK MUSIC CLAMP』の終了を受け
番組内のコーナーが独立する形で
現『MUSIC FAIR』
冨田チーフディレクターと
立ち上げ、
伝説の YOU-DIE!!!、
現『僕らの音楽』
板谷チーフディレクターへ
継いだ番組。
現『SMAP×SMAP』
黒木チーフプロデューサーも
『トリビアの泉』を立ち上げた
塩谷ディレクターも
現『堂本兄弟』
浜崎チーフディレクターも
音組の、出身の、
ほとんどの制作マンは
此処から
ディレクターを経験しました。
thee michelle gun elephant
ギターウルフ から
SNAIL RAMP
スネオヘアー まで
ここからたくさん
当時の『HEY!HEY!HEY!』に
つれていきました。
『HEY!』が変わった近年は
KEMURI とか
向井秀徳 とか
ザ50回転ズ とか
『僕らの音楽』に
強引につれてったし、
絢香ちゃんのテレビ初出演、
Superflyの音組初出演も、
思い返せば
エレファントカシマシとの
正しい再会も
ここから、でした。
そんな「音組」の基幹番組;
気持ちを持ちよってつくってきた
『FACTORY』
支えてくださった
Roland BOSS のみなさま、
かつて支え続けていただいた
Toy's Factory のみなさま、
そして
TOWER RECORDS のみなさま、
どうもありがとうございました。
なにより
『FACTORY』を愛してくれた
アーティストのみなさま、
関係者のみなさま、
スタッフのみんな!
時の流れを恨むじゃないぞ
また、いつか、必ず。

2011/08/08『堂本兄弟』『僕らの音楽』ほか 会議。「坂崎幸之助のお台場フォーク村デラックス」ゴスペラーズ チーム打合せ。

おつかれのなか
あしたはまた
『堂本兄弟』
レギュラー番組
がんばります!
夏イベはまだ
「フォーク村」
「J-WAVE LIVE」
ほかも続きます
きのうは実に
8週間ぶりの
おやすみでした(笑)。
まだまだここから
がんばらなくちゃね

『うたの夏まつり』は
板谷ディレクターが
『僕らの音楽』で
『SMAP×SMAP』でも磨いた
CG合成のノウハウを充分生かした
ドラマか映画かCMのような
作品でした。
メィンの収録日には115人
スケジュールに合わせて
最長2時間の3回し収録。
ほか4組を別日に別録りして
合成しています。
みなさん最初はきょとん?
でしたけど、
MV収録的な流れを理解して
たのしんでもらえました。

3月27日に、音楽特別番組
『上を向いて歩こう』を放送して
東北出身の音楽番組制作者として
最上の生演奏生放送をつくって
終演後の挨拶で号泣しました。
感動した×泣いたメールも
アーティストからも多数いただき
しかしながら視聴率的には
会社に貢献できなかった現実。
今回はその裏を行く
音組としては実験的な番組
でもありました。
8月6日土曜日の放送がキマり、
夏休みで土曜日で
『HEY!HEY!HEY!』を作ってたころ
1年でいちばん視聴率をとれない
実感していたこの時期、に。

プロデューサーとしては
どうかと思いますが、
ふだんのレギュラー番組
『僕らの音楽』
『MUSIC FAIR』
『堂本兄弟』のどれもさほど
わたしは視聴率を気にかけません
よければうれしいし、
ワルければ残念だけど、
ディレクターほどは気にしません
それよりも
おもしろいとおもうこと、
演ってみたい音楽、
聴かせたい声、楽曲を
つくりつづけてきました。
ざっくりトークや対談も
セットアップだけできたら
あとはディレクターさんまかせ。
そのかわりに音楽、
カラオケプロモーション楽曲
じゃない、生演奏、
プロダクションナンバーは
徹底してこだわってきました。
『堂本』建さんのアレンジでも
ちがうと思えばその場で直すし
武部さんと『FNS』のメドレー
「フォーク村」「GIRLS'FACTORY」
どれも執拗につくりこみます。
音組のスタッフも
それが音組だと理解している。

そんななかの今回は、
どうしたらいいのか。
老若男女のなかでも
さらに音楽の嗜好は細分化して
全ての音楽を全てのひとに届ける
音組の理想の具現は難しい。
生演奏200曲メドレーを発想して
生放送のスタジオを調整、
当日の出演想定者のスケジュール
あたりはじめたものの、
この時期ラィブやフェスで厳しく
そこで出たのがたくさんの名曲を
短く繋ぎに繋ぎまくるアイデア。
VTRで。
アーティストが演りたい曲と、
老若男女の視聴者それぞれが
聴きたい曲が折り合わない実情に
それは音組らしくはないけれど
それが現実と皆、肝を据えました
知らない年代の名曲でも
30秒後には次の曲、と。
アーティストのみなさんを
お客さんとして迎えたことは
『FNS歌謡祭』の円卓を
イメージした演出論でしたが、
みなさん楽しんでくださいました
メールもいっぱぃいただきました
和田アキ子さんからは先ほど
直接お話を伺いました。
旧交をあたためる場にも、
新しくご挨拶する場にも、
上手になってましたね。

視聴者のみなさんが
匿名で各論持論を交わすことも
この時代のテレビのたのしみかた
のひとつ、とは思います。

他局さん、他班より
圧倒的に生演奏に特化した、
そして、ディレクターたちが
映像美に強くこだわる、
「アーティスト」のみなさんに
たぶん愛されている
(何しろあれだけ集まってくれた)
音組の音楽番組を
好いてくれるのなら、
これからもどうか、
おたのしみくださぃね!

『2011 FNS歌謡祭』
今年も気合いがちがいます!
例年よりも、よりいっそう。

また あした

2009/03/02『堂本兄弟』13.8%!『フジテレビ開局50周年特別企画』音楽編 19.3%!!『僕らの音楽』ほか 会議。きのう 堤幸彦×黒木瞳 ほか『20世紀少年 第二章』観てきました。。

高島彩ちゃんの
ブログ
、昨日の
『僕らの音楽』
書いてくれたの
で、よかったら
そちらも。。。

きのうの
『堂本兄弟』
深田恭子ちゃん
×ケンドーコバヤシさん

視聴率
今年サィコーの
13.8%!でした
ありがとござぃました。
おもしろかったし、
めずらしかった(笑)でしょ?

そして金曜日
『フジテレビ開局50周年特別企画
・ボクらの心に流れる歌』

19.3%!!でした
「音組」以前からの
『MUSIC FAIR』
『HEY!HEY!HEY!』
そして
『FNS歌謡祭』
『僕らの音楽』
『LOVE LOVEあいしてる』から
『堂本兄弟』の映像も、
いっぱぃいっぱぃ放送されました
もちろん、わたしがADだった
『夜のヒットスタジオ』
ダメディレクター時代(笑)の
『ヒットパレード 90's』
『G-STAGE』
『サウンドアリーナ』
、そして
『オールナイトフジ』、、
APだった『MJ』、とかとかの
映像も、ジンときちゃぃました。
『HEY!』の佐々木Pといっしょに
「協力プロデューサー」として
クレジットされてましたけれど、
過去素材の内容やチョィス、
許諾の相談にのったくらぃで、
宮道チーフプロデューサーの
音楽番組への愛情が溢れた、
そんな4時間半、
そんな19.3%。でした。

宮道Pは、『ネプリーグ』など、
フジのいわゆる「バラェティ」の
番組を多数つくり続けてぃる、今
時代の敏腕プロデューサーですが
1992年当時、わたしたち音楽班の
『MJ』なる音楽番組に配置された
新人社員でありました。そのころ
偏った(笑)音楽好きで、わたしに
当時の後期渋谷系?アーティスト
ラヴ・タンバリンズ、とか
L⇔R、を教えてくれたのはADの
宮道くんでした。なかまうちでは
番組名『MJ』に倣って、宮道治朗
=「宮道J」と呼ばれてもいて、
「マイケル・ジョーダン」
「マジック・ジョンソン」
「マイケル・ジャクソン」
「宮道J」なかんじでした(笑)。
そのころ彼は今より1000倍苦しい
末端ADでしたけど、そんななか
下北沢に毎週いっしょに出かけて
呑んで呑んで呑まれて呑んでは、
熱く音楽を語り語られて、また、
呑まれていつもつぶれてました。
まちがぃなくたぶん、宮道Jの、
人生でいちばんツラかった時代。

1994年3月『MJ』が終了して、
半年後の秋に『HEY!HEY!HEY!』が
はじまることになるのですが、
そこに宮道Jの姿はなく、たしか
吉田元編集長のところで、新たな
キャリアを積みはじめたのです。

以来、わたしと、宮道Jとは、
直接に交わることもなく、時代は
流れて、宮道Jは「バラェティ」
のプロデューサーとして成功して
『かくし芸』の総合Pとして、
片岡飛鳥監督と組んでの演目Pの
わたしと、向きあぅのでした。
そのころからもぅずっと宮道Jは
「いつか音楽番組やりたぃです」
て、語ってぃました。。。

そして今回の記念企画・音楽編。
みのさんの番組のPでもある
宮道Jが、満を持しての担当。。
そんな意味でも感慨深く、そして
ちょっとセンチメンタルな気持ち
にもなりました。。。
ちょうど月曜日に、往年の
『HEY!HEY!HEY!』の映像を
いろんな気持ちで観た後でもあり
同じ週末にリァルタィムで観た、
宮道Jの「音楽番組」は、
いろんなふぅに刺激受けました。

『MJ』のころはわからなぃ、
『かくし芸』のあのときでもなく
今だから、わかることが
宮道Jにもきっと、
わたしにももちろん、あります。

こぅやって、
フジテレビの音楽番組はずっと、
気持ちを紡いで
繋がってゆくのです。

Ps。わすれてた!
宮道J、1回だけ
『負けアカ』おゎりでうちに来て
『LOVE LOVEあいしてる』
放送50回記念!上岡隆太郎さんの
「六甲おろし」のディレクター、
1本だけ録って、そしてまた、
KinKiの『どっきり』へと
旅立ちました!そのあとね、
吉田元編集長のもとで、
新たなキャリアを積み上げたのは
。。。

あ、そぅそぅ、きのうね
『20世紀少年 第二章』
尊敬する堤幸彦監督、と
なかょしの黒木瞳さん、を
観てきました(笑)。

2009/01/26『僕らの音楽』会議、ほか。『HEY!HEY!HEY!』につぃてわたしが個人的に思うこと。

たくさんご意見
いただぃてます
『HEY!HEY!HEY!』わたしが思うことを個人的に
ちょっと書ぃてみます。
吉田元編集長に倣って
さすらう猫のプロデューサー生活
的な。

1994年10月放送開始、から
足かけ16年になる『HEY!』ですが
時代の波に洗われて、
ずぃぶんと変わってきました。
1つ前の「音楽番組冬の時代」に
テレビ/音楽 両業界の
当時の常識では考えられなかった
「お笑い」と「音楽」の同居は
まさに革新的でありましたし、
そのぅえに、早6回目の放送で
Mr.Childrenを擁して20%を獲得!
『夜のヒットスタジオ』他局さん
『ベストテン』『トップテン』も
ばたばたと終了して、最後発の
『Mステ』さんも超低視聴率に
苦しんでいたあのころ。自局だと
『ヒットパレード 90's』
『G-STAGE』
『サウンドアリーナ』そして
『MJ』と、最長1年半の、
短命の音楽番組が連なり、
『HEY!』開始前、フジテレビの
ゴールデンのタィムテーブルから
音楽番組が消えた半年のそのあと
レギュラー音楽番組の
通常回での20%超えは、
歴史的な出来事でした。
ダウンタウンと
音楽の人とのトークは
どの組合せも全て斬新で、
爆発的におもしろく、
いくつかの経験から
「音楽の話をしない音楽番組」と
して成長、成功を手に入れました
。。。
しかしながら、それは
そのあとの10年で模倣され果て
いつしかあらゆる音楽番組は
バラエティな歌番組となり、
そして、10年前の大発明は
擦りきれてゆきました。

わたし個人としては
その途中途中で
「音楽の話しかしない音楽番組」
としての『MUSIC CLAMP』、
後継番組としてライブに特化した
『FACTORY』、
生演奏に徹底的にこだわった
『LOVE LOVEあいしてる』
(から『堂本兄弟』)、
そして『HEY!』から10年弱
「笑わない音楽番組」を標榜して
『僕らの音楽』をはじめました。
そしてその志を
「音組」として今も繋いでいます

水口チーフプロデューサーのもと
『HEY!』は わたしと もひとりの
プロデューサーさんとで
出演者をブックしていましたが、
放送開始から関わり続けている
スタッフは、そのふたりだけ。
時代も変わり、世代も交代して、
ゲストのキャスティングなど
今は、そのあと2代?3代?
若いプロデューサーさんが
がんばってぃます。
わたし個人としては、
生演奏でチャンプ演ってた
当初の『HEY!HEY!HEY!』に
思い入れがありますけど、
『すべらない話』は大好きだし
年末年始も他局さんの
ダウンタウンおふたりの番組も
たのしく観ています。なので、

新たにやってきた
「音楽番組冬の時代」。
しかも今は、各局・自局にも
音楽系の番組が多数乱立する
戦国時代でもあります。
新しい世代のプロデューサーが
愛情を持って創ってぃる
2009年の『HEY!HEY!HEY!』を
わたしは、
番組立ち上げスタッフとして
先輩プロデューサーとして
もちろん
現役の制作スタッフとして
そして1ファンとしても
愛情をもって応援しています。

次回があれば、、、
つづく。。。
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